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『「クィア」という経験 vol.2』全文公開!!
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 2007年4月25日(水)、ICU学内で開催されたsumposionメンバーによるトークイベント『「クィア」という経験 vol.2 ---セクシュアル・マイノリティーズが見たICU』の全文を公開します!
 4名のsumposionメンバー、カズ・加藤・祥・ユキが、それぞれの立場から、どういった想いで学生生活を過ごし、sumposionに参加しているのかを語ったイベントの記録です。長文となりますが、是非ご覧下さい。後日、ダウンロード用pdf版も用意する予定です。
■イントロダクション
マキ
 こんにちは。本日はsumposion(シンポシオン)のワークショップ『「クィア」という経験』にお越しいただいて、誠にありがとうございます。今回は『「クィア」という経験 Vol.2』ということで、前回、1回目が去年にあったんですけれども、それの2回目ということで開催させて頂きます。わたくし、08のマキと申します。今日は司会進行をやらせていただきます。よろしくお願いします。

 今回ここにお越し頂いたみなさんの中には、全員の方がジェンダーやセクシュアリティを専攻していたり、詳しかったり、授業を取ったことがあるわけではない方もいらっしゃっている、ということを前提に進めさせて頂きます。なので、まず簡単に基礎知識編として、現代の「性」の解釈の確認と、LGBITについての一般的な説明、あと、「クローゼット」っていうのはどういうことを意味するのかについて、5分程度で簡単に説明させて頂きたいと思います。

 まず現代において、「性」というものがどのように解釈されているか、っていうことについて、簡単にお話します。黒板に3つ書いてあるんですけれども、基本的に「生物学的性別」---セックスと言われるものですね---と、「ジェンダー・アイデンティティ」、あと「性的指向」、この3つの概念と、それらの組み合わせによって「性」を解釈するというのが、現代の基本的なスタンスとなっております。

 まず一番上の、「生物学的性別」についての説明をさせて頂きます。このセックスっていうのは、生物学的知見から、メス・オスという2つのカテゴリーに分別する、つまり体の性別のことですね。この体の性別っていうのがどのように決定されるのかというと、外性器とか内性器とか染色体とか、ホルモンというもので判別されることになっています。

 で、つぎの「ジェンダー・アイデンティティ」なんですけれども、これを日本語に訳すと、「性自認」とすることがあります。この「性自認」はなにかっていうと、「主観的性別」っていうふうに言っている学者の方もいるんですけれども、つまり、「性別の自己認識」のこと。「自らのジェンダーを、男女どちらであると考えるか」、ないし、「どんなものでありたい・あるはずだ」、と考えるか、いわゆる「セックス」が「体の性」だとすると、「ジェンダー・アイデンティティ」は「心の性」だと言うことも可能だと思います。

 で、3つ目の、「性的指向(sexual orientation)」なんですけれども、自らのセクシュアリティとしてどのような「性別」---この「性別」というのには、セックスもジェンダーも含まれるんですけれども---どのような「性別」のひとに性的な魅力を感じるか、ということを指す言葉です。

 で、この3つ、今ざっと説明させて頂いたんですけれども、一番大事な点は、これら3つの概念はそれぞれ因果関係を持たない、独立した概念だということです。例えばどういうことかというと、「生物学的性別」が女性だと判別されたひと・メスだと判別されたひとだからといって、「ジェンダー・アイデンティティ」も体と同じように「私は女だ」と思うとは限らない、っていうこと。また、例えば、「ジェンダー・アイデンティティ」が「自分は男だ」って思っていたからといって、「性的指向」が必ず女性に向くものだとは限らないということ。この3つはそれぞれ独立した概念であって、それらがさまざまな組み合わせによって、性のあり方を決定している、っていうのを、まず頭に置いておいてください。

 はい。えっとごめんなさい、時間がどんどん過ぎているので、早口になると思うんですけれども、ここでLGBITについての一般的な説明をざっとさせて頂きます。まず、LGBITのLっていうのは、レズビアン、を指しています。レズビアンというのは「ジェンダー・アイデンティティ」が女性で、「性的指向」が女性に向くひと、いわゆる女性同性愛者のひとのことです。つぎ、LGのGですね、Gはゲイ、を指しています。 ゲイというのは、「ジェンダー・アイデンティティ」が男性で、「性的指向」が男性に向くひとのこと、いわゆる男性同性愛者のことを指しています。つぎのBですけれども、Bはバイセクシュアル、「性的指向」が男女どちらにも向くひと、あるいはより前向きに、異性か同性かという問いそのものを拒否するひとのことも指しています。つぎのIなんですけれども、インターセックス、のことを指しています。インターセックスというのは、「生物学的性別」のどこかの水準が、メス・オスのどちらとも断定できないひと。外性器など外見からインターセックスだと分かる場合もありますけれども、まったくわからない場合も多いです。というのは、先程も申しました通り、体の性別を決定するのは外性器だけではなくて、性腺とか、性染色体とかホルモンだとか、体の外からは見えにくい部分にもよっていますので、そのような水準でオス・メスに入らない場合も、インターセックスということになります。トランスジェンダー、最後のLGBITのTですね、トランスジェンダーですけれども、「ジェンダー・アインデンティティ」と「生物学的性別」がことなるひとの総称、いわゆる「体の性」、と「心の性別」の不一致に違和感を持って、その枠を越えようとするひとたちを広い意味で、トランスジェンダーといいます。あるいはより前向きに、既存のジェンダーのあり方に疑問を持ち、それを超越=トランスしようとするひとのことを、トランスジェンダー、と呼ぶこともあります。

 最後に、「クローゼット」っていう言葉について説明させて頂きたいんですけれども、この「クローゼット」っていう言葉、この用語集の「カミングアウト」のところにも書いてあるんですけれども、「自らがセクシュアル・マイノリティであることを周囲に公表していない状況のこと」を、クローゼットといいます。話のなかでも出てくる言葉だと思うんですけれども、わからなかったら、あの、わかってください(笑)「自らがセクシュアル・マイノリティであることを周囲に公表していない状態」が、クローゼット、ということ、です。

 ちょっと時間をオーバーしましたけれども、早速本題のトークセッションに、入ります。まず最初、カズさんから。


■なぜsumposionをつくったのか?

カズ
 大学院生のカズです。まずはじめに、僕はsumposion設立メンバーなので、歴史を語れ、という感じで割り振られたので、なんでsumposionをつくったのか、っていうような歴史を語りたいと思います。


 sumposionって、そもそもどういう団体ですか?

カズ
 あー、sumposion、っていうのは、はっきりと言えば、当事者---LGBITの当事者が、当事者として、カミングアウトをして、公に顔を出して、はっきりと自分の言葉で語れるような団体が、それまでICUにはなかったので、そんな団体が必要だと思って、もうひとりの、いまは、どっか行っちゃったひととつくりました。で、何故つくったのか、っていうのは、割と長い話になるんですが、わりと僕、わたしが、活動しはじめた---同性愛者として活動しはじめていたのは16歳ぐらいのときで、わりともうバンバン遊んでたんですが(笑)、保守的な街だったので同性愛者としてのコミュニティはしっかりあったんですが、くっきりと、一般の生活と分かれていました。で、ゲイの世界ではいろんな友だちがいたとしても、一般の世界では他人として振る舞う。例えば街ですれ違っても、「ハーイ!」とは言わなかったりとか、とてもとても家族にカミングアウトしたりとか、友だちにカミングアウトしたりするような世界ではなかった。で、そのときから、ずっと疑問に思ってたのは、なぜ、例えば自分の友だちを、誇りを持って「これが自分の友だちなんだ」と言えないのか。例えばなぜ、自分の恋人を、「これが僕の恋人だ」「これがわたしの恋人だ」と堂々と言うことができないのか。なぜ、「これが自分の愛し方なんだ」と言うのを、言うことができないのかっていう疑問を、ずっと、そのころから持っています。

 で、ICUに来たんですが、まったく同じ状況がここの大学でもあった。例えばdoggess(ドゲス)っていうサークルがあるんですが、doggessっていうのは、LGBT---Iはいないですね、LGBTの飲み会サークルなんですが、同様にまったくのクローゼットです。おそらく皆さんまったく知らないですよね、そういうサークルがあるっていうのは。で、いつも飲み会はするんですけれども、例えば図書館でそのメンバーに会ったときに、「おう!」とは言ったりしますけれども、もうほとんど、ヘテロ同士としてふれあう。で、これはどうかな、と思って、みんなに、こう、「どうなのよ?」って。「活動してみない?」って言ったんですが、ほとんどのメンバーからは、もう総スカンっていうか、「ダメ」って言われました。そこで、自分たちの主張をするような、sumposionっていう団体が必要だと思って、もうひとりのひとと、設立しました。

 セクシュアル・マイノリティーズが置かれているのがどういう状況かって、わかりやすく言ったら---みなさんのなかに、「これから同性愛者になりたい」とか、「生まれ変わったらセクシュアル・マイノリティーズになりたい」とかって思うひとや、間違って「(あなたは)セクシュアル・マイノリティーズじゃないのか?」とひとから言われたときに、いい思いするひと、いますか? おそらくいない、と思うんですよね。「将来絶対セクュアル・マイノリティーズになりたい!」とか、「生まれ変わったらレズビアンになりたい!」「ゲイになりたい!」「トランスジェンダーになりたい!」って思うひとはいないと思うんですが、これは当事者にとっても、ほとんどみんな同じなんですよ。むしろ、来週でも、来年でもいいから、「“正常”に“戻りたい”」であったりとか、「セクシュアル・マイノリティーズは“卒業”したい」っていうような発想のひとはわりと多い。この状況こそがどうなの? と。

 なぜ自分のことに誇りを持てないのか、っていうのが、僕の出発点でした。


■sumposionに入った理由:セクシュアルマイノリティの視点から(1)
加藤
 ---と、いうところで、僕は、加藤です。ICUの大学院生で、カズの同期なんですけれども、僕はsumposionができたてホヤホヤ、数週間後か1ヶ月後くらい? に、入りました。カズの場合はこういうことを思ってsumposionをつくったんですが、また僕は全然違う立場でsumposionに入ったので、そういうお話をしたいと思います。

 僕の場合も、自分がゲイだと思って男のひととつきあったり、というのをはじめたのは、だいたい15,6歳のときなので、だいたいカズと同じ頃なんですが、僕の場合は東京出身だけれども、別に新宿2丁目に行ったりは特にはしなくて、インターネットで知り合ったひととつきあったり、っていう感じだったんですが、わりと自分のなかでは、多分、小学校から中学校にあがるときぐらいに---僕、中高一貫の男子校に入ったんですれども、その男子校に入る段階で、「男子校に入ったら“そういうこと”とかもあるかも知れないけど、まぁいいかぁ」ぐらいのことを考えていて。で、実際入ったら、学校のなかで男の子と付き合うことにはならなかったけれども、「あら、実際に男のひとと付き合うことになっちゃったけれども、まぁ全然、いいや」っていう感じで、自分のなかでの受け入れ、っていうのは、かなり、スムーズだったんですね。で、カミングアウト、っていうのを語るときには、「自分へのカミングアウト」と「他人へのカミングアウト」のふたつによく分けられています。「自分へのカミングアウト」ってのは、例えば、自分が男で男を好きになったときに、「オレ、男を好きになって、キモイんじゃないか」「ホモなんじゃないか」みたいな感じで思い悩んで、すごく精神的によろしくない状況になる、っていうのが、「自分へのカミングアウト」の話のなかでよく語られることなんですが、僕はそこはかなりスルーで、「まぁいいかぁ」っていう感じで、サラッと受け入れられたんですね。でもそれがよかったのか、わるかったのか、っていうと、またちょっと微妙なところで、自分で自己完結しちゃったところが大きくて、「他人へのカミングアウト」については、「まぁ、ひとにとっては大変なことだし、ちょっと受け入れ難いことかも知れないから、まぁ言わなくてもいいよねー。でも自分にとっては大丈夫から、まぁいいかぁ」みたいな感じで、カズみたいに「なんで言えないのか」っていうところに疑問を持ったことはほとんどなくて、「まあそれが当然だよね」っていう感じで、そのまま、なんとなーく過ごしてしまった、っていう感じなんですね。

 で、まぁ、ICUに入ってからも、セクメ(注・セクションメイトの略。学部1年目の英語教育プログラムのクラスメイトのこと)の一部にはカミングアウトはしたんですけれども、部活では面倒でカミングアウトしていませんでした。やっぱりそれは、ロッカーだとか合宿で、男女別の部屋に振り分けられる現実がある、っていうのを考えると、「まぁ、ちょっとぐらい自分が溜飲のんでたほうが、面倒なくていいよね」っていう感じで、部活でも一部のひとにはアウトはしてたんですけれども、あんまりカミングアウトしないで過ごしていました。でもそのなかで、「社会学原論」の授業を、2年生くらいのときかな? にとって、それまで自分が感覚的に、自分のなかで「いいや」って思っていたことが学問的に説明されて、系統だてられて、ゲイとかレズビアンとかバイセクシュアル、トランスジェンダーっていうのがこういうもので、こういうような不利益にも遭っていて…… みたいなことが、社会状況についての勉強として・学問としてできるっていうところでまず、すごく面白くて、目から鱗が落ちて。そのあとに「ジェンダー関係論」っていう授業を取ったんですけれども、そこでもやっぱり学問的に面白いって思ったのと、あと、もうひとつ、その授業で初めて、カズとかに会ったんですけれども、今まで自分の身の回りにはいなかったひと---大学のなかではLGBTの友だちとかは基本的につくっていなかったので、「ああなんだ、ICUのなかにも(LGBTが)こんなにいるんじゃん」というのを知ったのは、すごく新鮮な驚きで、びっくりした、っていうのと、あと、自分の交遊範囲のなかではオネェ言葉を喋るひととかもいなかったので、「ああ、オネェを喋るひとがこんなにいたんだ、ICU!」と思ってちょっとビックリした、ってのも、あったんですけど(笑)

 そういうなかで最初はdoggessに入って、一緒に飲み会とかしていたんですけれども、ある日カズともうひとりのひとが、「sumposionっていうのをつくったんだよ」っていう話をしてて、そのときに、「あ、面白そう」と僕は思ったんですね。あんまり僕は自分自身がゲイだとアウトして、こういう風に人前で喋るっていうことは、いまやっているけど、あんまりしたくないというか、する必要があるのかないのかよくわかんない、っていうような感覚があるんだけれども、それまで自分がやったことないことだし、自分がこのICUのなかでいろいろ学んできたこととか、出会ったひととか、そういうつながりのなかで、こういうsumposionっていう団体があるんだったら、もしかしたら、あんまり表立ってアウトしなくても、そのなかで自分ができることがなにかあるのかもしれない、と、思って、それで「面白そうだから入れてよ」って入った、っていう感じです。まぁ、入ったときには「カトちゃんこういうの嫌いそうだったから、すごく意外だった」って、このひと(カズ)には言われたんだけど(笑)、まぁそんな感じで、僕はやってきています。

 で、sumposionができてから、1年くらいしてから入った祥ちゃんに、次をお願いします。


■sumposionに入った理由:セクシュアルマイノリティの視点から(2)

 どうもこんにちはー、祥といいます。僕の場合はいまのふたりと違って、自分がsumposionに入りたいと思ったきっかけっていうのは、セクシュアル・オリエンテーションのことじゃなくて、ジェンダー・アイデンティティのことだったんですね。僕は、身体的・生物学的に性別は戸籍上「女性」にあたるんですけど、そのことについて中学くらいからずっと疑問を持っていて、これはテレビに出てくるような、いわゆる「性同一性障害」っていうものなのかな、どうなのかな、と、疑問を持っていました。そのあと、ジェンダー・アイデンティティについて、心と体の性別が一致している、といわれるような状態とはちょっとズレていたり、とか、そういった考え方からはちょっと離れて、ジェンダーの在り方をもっと広く捉えるようなトランス・ジェンダーっていう考え方に会って、自分はそういうふうに、ジェンダーの在り方を、男性か女性かどちらかに振り分けるのは難しいな、と感じるようになったのが、大学に入る前ぐらいのことかなって思います。

 で、大学に入ってから思ったのは、例えばセクションとかでも、ICUはセクションのなかで女の子が多かったりするので、男子は男子で固まる、みたいな感じで、男と女が分かれるような雰囲気があったりとか。それから、これはまあ、どこに行ってもそうなんですけれども、学内のトイレとかに行ったりするなかで、自分がこういうような格好をしていて、まぁ女性のほうに入っていても大抵は平気なんだけれども、自分の気持ち的にちょっとイヤなのを感じたり、ときどき後ろから入ってきたひとにすごくビックリされたりするとか(笑)、そういう状況があったりするので、で、かと言って男性のほうに入るのもどうなんだよ、っていうようなのもあって、で、結局、入り口のところで、右に入るか、左に入るかっていうときに、両方に引き裂かれるような気持ちになったりとかして。できればただこう、「真ん中をつっきって行きたいのに」みたいな、「壁にぶつかったりするけど(笑)」みたいな感じの気持ちになったりするようなことがあって。そういう状態で自分の性別のことを、いちいちセクションの友だちとか、あるいは先生とか、僕は名前を、女性っぽい名前だったので変えたんですけれども、そういうところについても、1回1回説明するっていうのが、やっぱりすごく居心地の悪いことだったので、「もっと居心地のいい場所が欲しいな」っていうようなことを感じていて、そのときに、sumposionに、出会いました。

 sumposionのなかでは、そういう性別についての話を、やっぱりある程度知識を持って受け入れてくれる友だちがいて、いちいち説明しなくてもいいっていう状況があって、すごく居心地がよかったっていうのがありますね。疑問を持っていたことについても、なにか変えていく方法がないかって考えたり、話あったりすることができるようになりました。それから、もう1個自分にとって収穫だったのは、自分はそれまで男性が好きになる対象だって思ってたんだけど、でも女性に対しても、なんかこれはよくわからないな、っていうような感情みたいなのを持っていて。で、それについてレズビアンのひとと話したりとかするうちに、「あ、こういう考え方ってありなのかな」って思うようになったんですよ。というのも、レズビアンの方って、一般的にいえば「女性を好きになる女性」なので、髪の毛が長くってスカートをはいているような女性が、同じような格好をした女性とつきあう、っていうようなのを、わりと自分はイメージしていたんですけれども、でも、レズビアンのなかにも女性的な雰囲気のひともいれば、ボーイッシュな感じのひともいるんですね。ヘテロの---いわゆる、男性を好きになる女性とはまたちがって、レズビアンの文化、みたいなもののなかには、男っぽい感じの雰囲気の、ブッチ、って呼ばれるようなひとたちがいるんだけれど、ブッチのひとたちと話をしたりする機会をもったりすることができて、レズビアンっていうものは、思っていたほど自分と遠くないのかな、っていうふうに思うようになったり。あと、そこで、自分が「レズビアンであるか、それともそうでないか」というふうに分けるのではなくて、「バイセクシュアルである」っていう選択肢があるんじゃないかな、って考えられるようになったっていうのも大きかったかな、って思います。

 ということで、ここまでは一応、セクシュアル・マイノリティーズの視点から、ということで、ICU学内で感じていたこととか、sumposionの活動のなかで感じたこととかを話したんですけども、今度、ユキちゃんに、お願いします。


■シンポシオンに入った理由:ノンケの視点から
ユキ
 はい、08ヒューマニ(注・Humanities,人文科学科の略称)のユキです。今まで話してくれた3人は、自分が15,6歳---中学・高校くらいから、ジェンダーとかセクシュアリティとかのことについて考えてきた、って言ってたんだけど、わたしははっきり言って、大学入学当時は、全っ然、ほぼ、全くといっていいほど、ジェンダーとかセクシュアリティとかについて、知識もないし、はっきり言って関心もなかったの、全然。これがなんでかっていうと、あたしが、いわゆる「当事者」じゃないから。って感じなんですけど。わたしは、一応、というか、まあ「ノンケ」(注・ヘテロ・セクシュアルのこと)っていうかー、自分のことを一応「女」だと思っているしー、戸籍上も女だしー、で、あたしが今ままでつきあったひととか、好きになったことがあるひと・好きになるひととかは、まぁ、男の人、なわけよね。だから、いわゆる「ノンケ」とか、ヘテロ・セクシュアルの一員なんですけど。だから、sumposionってセクマイ(セクシュアル・マイノリティーズ)のサークルなのに、なんでノンケがいるの? って感じなんですけど、じゃあなんでかというと…… きっかけはジェンダーに関するGE(注・General Education,一般教養科目の略称)の授業を受けて---それも関心があったわけじゃなくて、偶然GEの抽選でひっかかって、だったんだけど、それで、「あーなんだよコレ、面白いじゃん」っていう感じだったんだよね。大学入学当時とか高校のときとかは、むしろあたしは、「女の子なんだから、お裁縫ぐらいできなきゃ」とか、そういうことを言ったりとか思ったりとかしてたタイプだったのね(笑) でもその授業を受けて、その、「女の子なんだから、○○しなきゃ」とか、「こういうふうじゃなきゃ」っていうふうに思っていたっていうよりも、思おうとしてたとか、思わされてた部分って、実はすごく大きいんじゃない、自分? っていうふうに、思った、っていうか気づいた。で、そういえば! って、自分のことを考えたときに、さっき祥が言っていたみたいに、わたしはいわゆる「トランス」なわけじゃなくて、「ノンケ」なんだけど、でもやっぱり「アンタ、女! ですよ!」って回りから言われると、「ええー…… 多分、まぁ、うんー……?」っていう感じで、まぁ確かに女なんだけどさぁ、でも「アンタ女!」って言われると、「いやちょっと待って!」って言いたくなる自分がいるんですよ。

 で、そのGEの授業がとりあえずのきっかけだったんだけど、セクシュアリティについても同じっちゃ同じなのかなー。だからわたしはさっきから言ってるように、いわゆる「ノンケ」で、いわゆるセクシュアル・マイノリティって言われる位置にはいないんだけど、でもじゃあ、なんでsumposionで活動しているかっていうと、授業でセクシュアル・マイノリティについてやったから、「ICUにもそういうひとたちがいます! だからみんな、そういうひとたちに対して、フレンドリーにしましょう!」とか、「わたしも友だちにゲイの子とかいるなぁ、その子たちのためにあたしがなんかしなきゃ…」 …っていうわけじゃなくて、誰かのためにとかじゃなくて、結局、セクシュアリティっていうのは… 自分の問題でもあるわけよね。あのー、なんていうか、ノンケのひとにとって---大半のひとにとっては、自分のセクシュアリティについて考える、っていうチャンスがない。と、思うんですよ。なんでかっていうと、それは、この世の中のなかで、異性愛、っていうことのほうが、暗黙の了解、になっているから。そういう、約束みたいなことになってて、だから、その約束のなかにいるひとは、その約束について考えなくていいわけですよ。で、「それってヘンじゃない~?」って。カミングアウトについての話もずっとしてたけど、「ノンケ」はカミングアウトしなくていいわけよ。「はい、わたし、ノンケなんです実は」っていうことは、言わなくてよくって。でそういう状況っていうのにわたしはすごく違和感を感じて、セクシュアリティも、ジェンダーも、ぜんぶ、自分の問題じゃん。セクシュアル・マイノリティの問題じゃなくて、みんなの問題じゃん、って、思って、わたしは、sumposionで活動をしています。


■まとめ
マキ
 4人の方に話を聞かせてもらいました。質疑応答に入る前に、今回のイベントの締めというか、まとめというか、わたしたちの主張・提言をしたいんですけども、まずひとつは、「“そのままでいいよ!”っていうのは、解決にはならない」っていうこと。「あぁ、あなたゲイなんだ。あなたレズビアンなんだ、トランスなんだ、ふーん、いいじゃんいいじゃん、そのままでいいよ!」っていうのは、解決にならない。だからこうやって、あたしたちが、声をあげていかなきゃいけない。でも、あたしたちの問題じゃなくって、セクマイの問題じゃなくって、みんなの問題なんだから、っていうこと、です、よね?(笑)

ユキ
 あの、「そのままでいいよ」っていうのは、「そのままやってていいよ、私には関係ないから」っていうのと同じことで。「いやいやいや、“そのままでいいよ”って言われても、いま・この状況がイヤなんだってば!」っていうのを、強調したい。

マキ
 この状況を作り出しているのに、加担しているっていうか、みんなが当事者なんだ、っていう意識を持たなきゃね、っていうこと。だからそれに伴って、「誰でも声を挙げていいんだ」っていうことですよね。だからユキちゃんに、「あたしいわゆるノンケなんだけど」っていう立場から今回話してもらったんですけども、必ずしも、「自分がセクシュアル・マイノリティーズだ」と思っていないひとでも、違和感を感じたらどんどん声は出していったらいいと思うし、どんどんみんなで変えていこう、っていう意識を持つべきだと思っています。(ユキに補足を求める眼差しを向けながら)その辺については……

ユキ
 で(笑)、こういう考え方、じゃないけど、こういうことこそが「クィア」っていうことだと、思うんだけど、今回、「クィアという経験」っていうタイトルなんですが、「“クィア”っていうのはそもそもなにさ?」っていう感じのひとも多いと思うんですけども---英語のQueerから直訳すると「変態」っていうことなんだけれども---この言葉を自分たちでポジティブにつかっていこう、っていう、感じなんだけど、だから、いわゆるセクシュアル・マイノリティーズって区切っていく考え方はやめて、まあ「セクシュアリティとかジェンダーとか、そこんとこ、どうよ?」っていうことを、自らちゃんと言っていく、とか、行動していく… っていう、のが… クィ、ア?(笑) ふはは(笑)、だから、「セクシュアル・マイノリティーズという経験」だったら、あたしは多分入れないんだけれども、「クィアという経験」だと、あたしもアイデンティティじゃないけど、まあ「クィアです」みたいなことをいうことは、あたしはすごく可能だなー、と思っています。


 なんか、「クィアじゃないもの」っていったときに想定されているものって、多分、「こういうのが普通です」って考えられているようなセクシュアリティとかジェンダーとかの在り方で、それは、「生まれたときから男の体か女の体かを持っていて、だから自分は、心も男あるいは女だし、だから異性のことを好きになるよね。だから結婚して、子どもを産んで……」って、そういう「当たり前」感みたいなものがやっぱりあると思うんですけれど、それに対して、「え、そうなの?」って思う意識。例えば、「自分は自分のジェンダーをそういうふうなかたちでは考えないよ」っていう疑問であったり、「自分は好きになる対象が異性じゃないよ」とか、あるいは「異性だけじゃないよ」っていうような考え方であったり、さらには、「男と女は男らしく・女らしくあって結婚して子ども産まなきゃいけないの?」っていう考え方---そういう「普通」に対しての疑問であったりとか。そういう「普通」に対して疑問を持って、「自分の生き方がそれに反していても、いいじゃない」「“変態”でいいじゃない」っていうふうに捉えていけるのが、クィアかな、って、そういうふうに考えて活動しています。

ユキ
 1個だけちょっと付け足したいのは、だからと言って、「異性愛がわるい」というわけじゃないということ。あと、いわゆる「男らしい男のひと」とか、いわゆる「女の子らしい女の子」とか、そういうのがダメっていっているわけじゃないのね。だから例えば、あの、あたしは、一番アイデンティティとして一番近いのはフェミニストなんですけど(笑)、そのフェミっていうのは、「男、全否定!」ってそういう考え方じゃなくって(笑)、別にそういうひともいるかもしれないけれども、みんなが、自分の表現したい自分を表現できる。だから例えば、女の子がピンクのフリフリを着て、「あたし、お裁縫とか、すごく好きなんです」とか、それもすごくオッケーじゃん、ただしそういうのが規範とかになることに対して、「それってどうよ?」っていうのが、クィア。


■質疑応答
マキ
 はい、じゃあ時間がちょっと短くなってしまったんですけども、質疑応答のほうに移らせて頂きたいと思います。質問意見、考えたこと・感じたこと、なんでもいいので、ぜひ。はい、じゃあ後ろの方。

フロア
 すみません、最後の提言みたいなところでおっしゃっていたことが、わからなかったんですけど、つまり、「そのままでいいんだよ」っていう態度では解決にはならない、って言ったときに、その「解決」っていう言葉が、一体どういう状態っていうのを指しているのか、っていうのがちょっと、わからない。だから、皆さん方としては、ICUでどういうふうになっていけば、「解決」とまでは言えないけれども住みやすい状態なのか、つまり、制度としてどうあるべきなのか、っていう。特に僕が関心があるのは、皆さんがその学校の今ある制度に対して、例えばさっき、トイレが2つにしか分けられない、っていうのをおっしゃっていたけれども、そういうもの---まあ簡単にいえば制度だと思うんですけれども---そういうものに関して、どういう制度があれば「解決」っていうのになるのか、っていうのを、もうちょっと踏み込んで提言するのを、お願いできるでしょうか。


 すごくいい質問だと思うんですけど、実は、sumposionでは、やっぱり学校内で毎日暮らしていくなかで、不都合を感じるところがあまりにも多いっていうふうに感じていて、いま、大学に対しての要望書を作っているんですね。それは大学の人権委員会に提出して、今後検討してもらいたい、って思っているんですけれども、例えば具体的には、トランジェンダーの場合に特にそうですけれども、トイレの問題であったりとか、ほかには、男女分けでPEが実施されて、ほかの選択肢が少ないっていうことだとか、更衣室の問題---これはトランスジェンダーだけじゃなくて、その他のセクシュアル・マイノリティにも関わってきますけれど、更衣室を、どうして、男女に分けなきゃいけないのかって言ったときに、やっぱり、女同士とかはいいけれど、異性と同じところで服を着替えるのは、問題がある。問題があるのはなんなのかっていったら、「セクシュアルな感情っていうのは、同性の間ではないけれど、異性の間では存在するから、分けなきゃいけない」っていう発想だと思うんですよ。でも、実際、例えば同性愛者のひとにしてみたら、同性の---自分が性的対象とするひとと同じ更衣室を使わなきゃいけない、ということについて、相手の裸を見ちゃうのもイヤだし、なんか申し訳ないし、自分も見られるのがイヤだっていう感情を感じていたりする現状があるっていうこと。それからトランスジェンダーにしてみれば、自分の体が、自分が生活上表現している性別であったり、ジェンダーの在り方と異なるっていう場合もあるんですけれども、そこで他のひとと更衣室を共有しなきゃいけないことで、体が見えて、自分がそれまで「こういう性別だ」っていうふうに提示しているものが、ちがうっていうことを、非常に、自分の望まないかたちで、知られてしまうっていうこと。そういうことに問題があるじゃないかなっていう風と感じています。

 いまのは主に施設的な問題ですけれど、もっとソフトのレベルで、例えばひとと話しているなかで、明らかに、「異性愛で、生まれたときからジェンダーとセックスが一致しているひとしかいない」っていうふうに考えられているような発言がよく聞かれるかな、と思っていて、多分、授業のなかでお聞きになったことがある方もいらっしゃると思いますけど、先生が例えば、バレンタインについて会話をしているとか、そういうときに、当たり前のようにそこで想定されるのは、異性同士の恋人であったりとか。あと、大学が実施するようなアンケートでも、「あなたの異性への関心は?」という感じの質問項目があったりして、「それってどんな関心なの?」っていう疑問があるわけです。そこでは、それが恋愛感情なのか、友人関係なのかなんなのか、っていうのが明記されていなくても、「異性」が相手であったら、そこには性的な感情や恋愛感情がある、ということが想定されている、っていうこと。それは結局、「そうじゃないひとが存在していない」って言っているのと同じじゃないかな、と思うんですよね。だからそういう部分を変えていって欲しいな、っていうことが、sumposionの希望していることです。

フロア
 すみません、また質問なんですけれども、いまトイレと更衣室が挙げられていたと思うんですけど、多分もっとあると思うんですけど。だって、実際問題、学校がなにかやるとなったら、(学生を)大まかに分けるときって、「男」「女」って分けると思うんですよ。例えば、「バイト募集・男女何名」だとか。僕は、多分みなさんの中ではあんまり評判よくないかも知れないけれども、男子寮の住民だったわけで、寮だって当然募集するときは、「男子何名、女子何名」っていうふうに募集するわけですよね。確かにそうやって男女って分ける時点で、例えば、どっちにも属さないって考えているひとにとっては、それ自体がひとつの暴力だろうし、もしくは、性的指向がいわゆる多数派とはちがうひとにとっても、不都合が当然生じるとは思うんですけれども、でも逆に、敢えて学校からすれば、「じゃあそこでどうやって分ければいいの?」っていう話になると思うんですよ。僕がいまトイレと更衣室の話を聞いていて思ったのは、「実際にみんなにとって完全に、誰もが悩むことなく使えるトイレってどういう分け方かな」って思ったときに、例えば、「男」「女」プラス「そのどっちでもない」---「同性愛だからどちちらかに割り振られるのがイヤだ」って思うひとが入るブースを3つ目として作るか…… でも、その3つ目を作ったら、当然そこに入るひとはカミングアウトすることになるわけですよね。だからそれはカミングアウトを強制することになるし、本意ではないですよね。でもじゃあ、そうなったら完全に理想なのは、男女関係なく、人数分の更衣室を1個ずつ作るしかなくなっちゃう、っていうことだと思うんですけれども、まあ、いまの時点で、どうお考えかはわからないけども、現実的に学校ができるものとして、みなさんの理想だと考えているようなことは、例えばトイレ・更衣室に関していえば、どういうことを想定されているか、ということを知りたいなぁ、と思うんけれども。


 そうなんですよね、実際にどの程度の予算をかけて、どの程度のことができるのかとか、そういうことってなかなか実際難しいところではあると思うんですけれど。本当にいっぱい、いまおっしゃってくれたような寮のことだとか、例はあると思うんですけれども、例えば、いまPE(注・Physical Education、体育実技科目の略)のときにつかうシャワーって、男女別に分けられていて、しかも、シャワー同士のあいだにこう、しきいがあるだけで、はっきり言って、シャワー中にどういう格好しているかが全部見える状態だと思うんですよ。でもPEのとき、特にプールのあとって、はっきり言って体を洗いたい。でも、スポーツクラブハウスだと一層そういう問題って大きいと思うんですけれど、このシャワーで裸になりたくない、ってひとは、いっぱいいると思うんですよね。そうしたら、仮に男女分けをやめることができなくても、とりあえずカーテンをつけるとか、そういうことはできると思うんですよ。

 あと、トイレの問題にしても、確かにまんなかにもうひとつ別のトイレを設けたら、そこに入るひとのカミングアウトの問題が生じるんじゃないかっていう指摘は正しいと思います。だから、いっそのこと、全部個室にしてしまえばいいのにって思うんですけれども、男女関係なく。あの、「アリー my ラブ」とかご存知ですか? ドラマなんですけど、そこには実際に男女に分けられていないトイレ・全部個室のトイレが登場しているんですけれど、そういうのって、やっていけるんじゃないかな、というふうに、自分は考えますけれど。まあ現状で、そこまでいけるかどうかはわからないので、そうするとやっぱり、誰でも使えるトイレを、設ける。それはセクシュアル・マイノリティに対してっていう意味だけではなくて、いま駅のトイレなどにあるように、車椅子をつかうひととか、オストメイトをつかうひととか、そういうひとのためのトイレのスペースがあってもいいんじゃないかって思いますが、ICUには現状では非常にその数は少ないんですよ。本館にはひとつしかないし、あと食堂にひとつ、とか、そういう数えるほどのレベルなんですよね。だから、そういうトイレを増やす、とか。

 あとそうですね、寮の問題は、なかなか解決が難しいかもしれませんけれども、更衣室に関しても、全員分の個室を設けることはできなくても、部分的に個室を設けることはできるんではないかと思うんですよ。着替えるときに個室に入って、着替え終わったらロッカーのところに出てくるとか。それだけでもだいぶ状況はちがうのではないかと感じているので、具体策として、実施しやすいもの・そうではないものとがあると思いますけれども、そういうところは、やってもらえるんではないかと感じています。

ユキ
 更衣室に一部個室を設けるっていうのは、別にセクシュアル・マイノリティーズじゃなくても、それをすごく必要としているひとはいる、と、思うんですよね。例えばあたしも、ICUに入ったころとか、みんなの前で着替えることとか実はすごく抵抗があって、それこそあたしも寮生なので、みんなと一緒にお風呂入ったりするので慣れちゃったんですけど。でも、「そういう“イヤだ”っていう気持ちは、慣らさなきゃいけない」っていうほうに流すのは、やっぱりすごくおかしいことだなって思うし。だからやっぱり、セクシュアル・マイノリティーズだけの問題じゃないんじゃないかな、ってあたしは思うんです。


 そうですね、それから今は、施設面・ハードの面の話をしましたけれども、もうちょっと変えやすいところでも変わってないことってたくさんあって、例えば、これまで学校で実施されたアンケートでは、明らかに関係なさそうな--- 例えば、「スクールバスの導入の是非」みたいな感じのアンケートでも、男性か女性かを訊く欄が設けてあったりとか。食堂のアンケートとか--- それはマーケッティングなのかなんなのかわからないけれども、敢えて性別を記入させる意味はあるのかな、って感じさせるようなところにまで、男女分けが設けられていたり。あと、大学の入試のアルバイトがありますけども、男女分けで人数がきっちり分けられているんですよね。そういうのが、果して、どれぐらい意味があるのかっていうこと。あとは、やっぱり、発言、とかですよね。ホモフォビアが感じられるような発言に対して、もうちょっと、なんらかのかたちで、知識を伝えて、状況を変えてくことはできないのか、とか。そういう取り組みやすいところからやってもらいたい、っていうふうに考えている、っていう感じです。

ユキ
 すくなくとも、授業中の教授の発言にそういうのがあるっていうのは、すごく問題じゃないの? っていうふうには思いますけど。すくなくとも。



マキ
 このあと、メンバーの何人かはERB-I(Education Resarch Building,教育研究棟の略称)の3階のCGS(Center for Gender Studies,ジェンダー研究センターの略称)にいきますので、そこでお茶でも飲みながら、今日の感想でもなんでも、聞かせてください。今日はたくさん、どうもありがとうございました。


 なお、sumposionはいま、新メンバーを募集しています。興味のある方は、ぜひ声をおかけください。 
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