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ICUで名前と性別記載の変更を訴えた飯田亮瑠さんに聞く
 心の性と身体の性が一致しない性同一性障害(GID)の当事者にとって、生活上の通称と性別が、戸籍上の名前・性別と食い違うことは、社会生活における大きな支障となっています。2004年施行の特例法では、戸籍の性別変更への道が一応開かれたものの、そこまでの道のりは依然として険しいのが現状です。
 そうしたGID当事者への対応として、ICUでは現在、人権委員会を通じて、学籍簿を通称・希望性別へ変更することができます。
 2003年秋に、校内で初めてこの問題について声を上げた、卒業生の飯田亮瑠(いいだ・あきる)さんに、当時の経緯やICUでの対応について聞きました。
飯田亮瑠さん
(ICU卒業生・2003年に学籍簿における通称名と性別を女性から男性へ変更)


●GIDという言葉を知って

――――2004年ご卒業ということですが、そうするとICUに在籍していたのは・・・

2000年4月から2004年3月。04です。
(*ICUでは卒業予定年で学年を呼ぶ習慣がある。例えば2005年春入学の現在の1年生なら09となる。)
学科は、人文科学科で入学して、社会科学科に転科しました。「金持ち父さん・貧乏父さん」を読んで触発されちゃって(笑)、経済を専攻しようと思って。単純なんです。

――――そうなんですか(笑)。今は専門学校に通っているそうですが、それはどういう方面の?

建築です。就活でリフォーム関係の会社を回るうちに、興味を持ちました。それで社会に出る前に、勉強して資格をとってから就職する道を選びました。

専門でも、ICUでの実績のおかげで、男性として在学させてもらっています。やはり大学は社会的影響力があるところなので、ICUで実際にそうさせてもらっていたということが大きいみたいで。
 
――――おお、それはすごいですね!!前例があると、学校側としてはやりやすいんでしょうね。
今の学校では最初から希望の性別ってことですけど、ICUでは入学後、変更まではどんな感じでした?既に周りの人にはフルタイムで男性として通してました?

フルタイムはフルタイムだったけど、入学当初はGIDって言葉も知らなかったです。
1年の秋学期にジェンダー研究(*現在は「日常生活とジェンダー」に改称)の授業で初めてGIDのことを知って、
「うわー、これ自分のことだ!」
ってびっくりしました。

――――トランスジェンダーについてはそれまで全く知らなかったんですか?インターネットで調べたりとかは?

調べたこともなかったし、知らなかったです。
実家は田舎だったので、まわりには一人もいなかったと思います。
 
知らなくても、小さい頃から、自分の性別に対する違和感はありました。けれど、GIDっていう知識としての裏付けはなかったです。なので、個性だとして認識するほかないと思っていました。

中学・高校では女子の制服が嫌で、校長や担任に訴えたりもしましたけど、真剣にはとりあってもらえませんでした。自分でも、無理だろうなって漠然と分かっていましたから。しょうがないから制服は着ていたけど、家では男子の服ばかり着ていました。
ICUの入学式もネクタイにスーツでした。


●改名へ

――――自分がGIDだと知ってから、改名に向けて動き出すまではどんな感じでした?

最初にGIDのことを知ったときには、まず、『自分が誰かわからない』状態から解放された感じで、それが嬉しかったです。
でもわかったからといって、何かがすぐ変わるわけではないと思いました。知識を得たというだけで、それによって自分の状態そのものは何の変化もしないので。自分はとくに何も切望しないとそのときは思っていました。
それが、3年生になった頃か、その年の中頃かぐらいから、自分のなかで変化があって。

改名については、それまでも自分の名前は好きではありませんでした。
でも変えられるとは思ってもみませんでしたね。
普段はできるだけニックネームで呼んでもらったり、名字で『飯田君』と呼んでくれる人もいました。
でも、ICUでは英語の授業が多くファーストネームで呼ぶので、少しずつストレスになっていったんですかねー。まず、テストや公的書類では当然本名をフルネームで書かなければならず、その名前を書くということが嫌になり、そのうちに名前で呼ばれてしまうのも嫌って状態になって。
それで、友達と辞書を引きながら今の名前を考えました。
 
――――ジェンダークリニックはどこで知りました?

自分以外に、ICUの学生に当事者の方がいて、その人がに紹介してもらいました。 

――――学内に当事者の方がいたんですね。

はい。クラスが一緒になったこともあり、その人がGIDだということは、なんとなく感じでわかっていたけど、なかなか声がかけられなかったんです。
そしたら、ある日突然、「すいません、あの、GIDですか?」って、声をかけてくれまして。

――――それは印象的な出会いですねー。ドラマを地でいくような(笑)

あれは忘れられませんねー。(笑)
3年の冬くらいでしたねー。


●学内での通称・性別変更

――――法的改名を目指していたところで、先に学内で変えることになったのはどういう経緯からでした? 

3年の冬、田中かず子先生のジェンダー関係論の講義中、人権委員会の話をされたんです。そこで、人権委員会の存在を知りました。
マイノリティ(性別、経済、宗教など)の人たちが差別を受けないようにする窓口を作ると聞いて、ちらっと
「差別を受ける相手が人じゃなくてもいいんですか?」
「相手がもっと大きなシステムだとしてもいいんですか?」
と聞いたところから、話が進みました。
そこで、通称 性別 健康診断 体育 ロッカー/シャワー トイレ とか、自分が日常不便だと感じている点をまとめて先生にお話しました。 

――――ずっとその環境にいたらそれが当たり前と思ってしまうので、人権を侵害されているって意識を持つのが難しいんじゃないですか?そこに気づいたのはすごいと思いますよ。

んー、自分としては、ただ疑問を口に出してみたら、すごい勢いで先生が動いてくれて変わっていって、びっくりでした。世の中捨てたもんじゃないなー、というか。自分が何かを変えてる、というよりは、先生が動いてくれるのについていくと言ったほうが近いですね。当時の実感としては。
とにかく、なんとかしてくれるのならしほしい、ということがモチベーションでした。 
なんとかしてほしいというのは、当事者でなければ気付きにくい、だから当事者の「これが不便だ、なんとかしてほしい」という意志を発信するところから、いろんな変革って始まるんでしょうね。

まず、一番解決しやすいのが健康診断と通称でした。
シャワーやトイレは物質的なものだから、なかなか変えるのが難しい。
通称などは、文字を書き換えればいいだけなので一番早くなんとかなりそうだということになって。 
健康診断も特別に時間を設けてもらうことができれば、OKなのでは?という策が、田中先生との間ですぐに出来上がって、即関係者の方々にかけあいました。

――――変更まで、学校側とはどういうやりとりがありました?

かず子先生とコンタクトをとる機会は多かったのですが、先生が学校に働きかけてくださったおかげで、自分はどこかに行かなきゃいけないということはほとんどありませんでした。
かず子先生が中心になって動いてくださって、直接人権委員会に出席して説明する機会をいただいたこともありました。学部長をはじめとする先生方に詳細を直接訴えました。
みなさん真剣に耳を傾けてくださって、積極的に変えていくと言ってくださいました。嬉しかったですね~。

――――説明というのは、こういう対応を可能にするために、GIDについて説明したってことですか?

いえ、そういう説明は求められなかったです。
変更しても当事者の求めるような解決になっていなければ、意味がありません。
どうすることが当事者にとって必要なことなのか。今後のことも考慮すると、どうすることが学校にとって最善なのかということをより鮮明にするためです。
また、自分が興味本位でないこともきちんと伝えたいとも思いました。
自分は直接先生方とお話できたこともあり、よかったのですが、今後通称や性別の変更を求める学生が現れたとき、その学生が興味本位で変更を求めていないことをどう証明するか、ということは先生方も重要視されていました。
GIDの問題に精通したかず子先生がわかっていたとしても、事務の方がわからないこともあるかもしれない。かず子先生も完全な診断ができるわけではない。
そこで、診断書を出すことを提案しました。もちろん、自分も大学に提出用の診断書を書いてもらいました。

――――そういった経緯で、2003年秋に、名前を当時の戸籍名から通称に、性別記載を女性から男性に、変更されたということですね。

そうです。学籍簿など、学校から出る公的な資料は全部変更していただけました。

――――同じ年の7月に、特例法が制定されていますけど、この動きについてはどう思ってました?

「すごい!」とは思ったけど、その当時の自分は戸籍はとりわけ重要には思えていなかったんです。 目の前にある、問題のほうが重要で、そこまで見えてはいませんでした。
だから、戸籍のことよりも「ICUがすごい!」という気持ちのほうが強かったです。
直接自分に関係あることのほうが情は強いですよ、やはり。 

●ICU内で受けた対応

――――体育はどんな形で受けていましたか?

変更申し立て時が4年だったので、もう受け終わっていたので、通称や希望性別の使用を行ったときに何か措置をとってもらったということはありませんでした。
最も困ったのは水泳だったんですが、担当の先生に直訴して海パン+Tシャツで、なんとかやらせてもらいました。(*ICUでは1年生の体育で水泳が必修)

――――健康診断はどうでした? 

変更前は仕方なく女子枠で受けていました。嫌でもどうしようもないとあきらめていましたし。健康診断に限らずほとんどのことがそうでしたけど。
4年生の春以降は、一人だけ個別対応で受けさせてもらいました。時間を別でとってもらって。

――――トイレも難しくありませんでしたか?ICUは車椅子用のトイレも少ないし。

トイレは迷いましたね。ICUは狭いから、同じ人と顔を合わせる機会が多い。だから学校ではなんとか女性のほうに入るようにしていたんです。
高校時代までは制服で男か女かわかってしまうじゃないですか。それで男子のほうに入れず、学校では女子のほうに行っていたんです。その延長線上で。
でも、やっぱり気持ち悪さに負けたのと、制服がない今では外見上で自分を女性とアピールするものはないということに気付いて、男のほうに移行しました。 
最初は見つからないように気を使っていたけれど、それも面倒になってだんだん自然になっていきました。友達関係はもともと(出来る限り)男として認識してもらうようにしていたので、特にトラブルもなかったですね。もしかしたら気にしている人もいたかもしれませんけど。


●法的改名

――――法的改名の方は?

学校での変更の後、家庭裁判所に申請して改名に成功しました。
家庭裁判所やジェンダークリニックでは、学校で既に変わっていたことが強かったと言われました。 
改名の場合、GIDは理由のひとつであって、通称をそれだけ使っているのか、どの程度認知されているかということが重要なのです。 


●大学におけるトランスジェンダーへの対応について

――――大学でのこういう対応、ってまだ情報が少ない気がするんですけど、どう思いますか?

他大でも希望する人は大勢いると思います。似たような対応を行った大学の話は小耳に挟んだことはあるのですが、不完全だったと聞いています。ですから、田中先生と「ICUはちゃんとやろう」と話していました。

しかし、個人的には、逆に、マニュアルやシステムをあまりしっかり作って欲しくないところもあります。いや、マニュアルはしっかりしていてもいいけど、それに頼りすぎないでほしいんです。
GIDも、その他多くのことには、個人差があるんです。苦痛の度合や種類など。
個人をしっかり見て、痛みを和らげてくれる対応をしていって欲しいです。
そういう柔軟な対応は、憲法など日本全体の規模では難しくても、せめて大学という規模の中ではやれないものかなあ。

これまで、通称、希望性別の使用について、よいという面を強調してきましたが、これは希望する誰にも望ましいとは限りません。
GIDという何よりも超えたい問題に対する、一つの解決策です。
大学という社会から見れば小さな範囲ですが、名前を変える、性別を変える、ということは、自分が将来的に大きな不利益を被る可能性が大きいのです。
例えば就職のとき。
学校から企業に提出される書類は全て、通称・希望性別となります。戸籍との食い違いが問題となるのです。そうなるとスムーズに内定というわけにはいかないことが多いでしょう。説明を求められたり、きちんと説明できなければ虚偽となってしまう可能性もないとは言えないと思います。
つまり、そのようなリスクを背負ってでも必要があることか、責任が取れるかということを十分考えて希望すべきことなのです。


(聞き手・構成 Sumposion)
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